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能持院|茂木町|細川興元・細川家の墓所がある曹洞宗の寺院

 
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栃木県芳賀郡茂木町

能持院

能持院は、この地で初めて茂木氏を名乗ったとされる茂木家の祖・八田知基(茂木知基)が、1222年に創建した曹洞宗の寺院です。

もともとは茂木氏の菩提寺でしたが、1610年に細川興元が茂木に封ぜられてからは、細川家代々の菩提寺となりました。

境内に今も残る細川家墓所は県指定史跡になっており、寺院の入り口にある文明年間の建立とされる総門は県有形文化財に指定されています😊

こちらのブログでは、能持院の歴史や、境内の様子などについてご紹介させて頂きます。

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【基本情報】

住所栃木県芳賀郡茂木町塩田227
電話番号0285-63-2625
駐車場広い無料駐車場があります
アクセスマップを開く
公式サイト公式サイトを見る

↓駐車場↓

能持院の歴史

もともとは、茂木氏初代茂木知基の父であり、宇都宮家二代目宇都宮宗綱の四男・八田知家が、茂木郡地頭職に任命されたことから

その地頭職を継承した八田知基がこの地で初めて茂木氏を名乗り始め、1222年に寺院を創建したのが能持院の始まりです。

この初代茂木知基は、能持院を建てるより前の1199年までには茂木城も建てており、そちらを居城として過ごしていました😊

↓桜の名所として人気の茂木城跡

その後、1595年に茂木氏17代の茂木治良が常陸国の小川城へと移るまでの約400年間にわたり、能持院は茂木氏代々の菩提寺となります。

1595年からは佐竹氏に属する須田治則が茂木城主を務めましたが、1602年になると佐竹氏が秋田に移封となったことから、代わって細川興元が茂木に入りました。

この細川興元が城下に屋敷を設けたことから、茂木城の方は廃城となったものの

能持院の方は、今度は細川家の菩提寺として大切にされるようになりました😊

細川家は、茂木藩初代領主興元から、9代興貫に至るまでこの能寺院を場菩提寺とし、境内には今もその墓所が残されています。

↓細川家の墓所↓

9代領主の細川興貫は1907年に亡くなった方ですので、本当につい最近まで細川家の菩提寺となっていたのですね。

もう1つの能持院

茂木町能持院境内

能持院について調べてみると、ここ栃木県の能持院以外に秋田県の方にも同じ名前の能持院という寺院があるのですが、実はこの2つの能持院には深いつながりがあります。

というのも、前述の通り、1610年には佐竹氏が秋田に移封となったのですが、その際に茂木氏16代の治良もともに秋田へと移り住み

そこで栃木県の能持院から和尚を招き新たに創建したのが秋田の能持院であり、以降は秋田の能持院が茂木氏代々の菩提寺となりました。

秋田県の能持院には茂木氏22代までの墓があり、23代から31代までの墓も秋田県内にあり、そちらは十二所城代茂木氏墓地と呼ばれています。

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細川興元と八雲神社

細川興元が祀られる八雲神社

1610年に、佐竹氏に代わりこの茂木にやってきた細川興元という人物は、安土桃山時代から江戸時代の初期に活躍した武将で、父や兄とともに織田信長に仕えました。

そして織田信長が亡くなった後は豊臣秀吉に仕え、豊臣秀吉が亡くなった後は徳川家康に仕え、天下を統一へと導いた戦国三英傑に仕えた凄い経歴の持ち主です。

徳川家康の天下統一を決定づけた関ヶ原の戦いはよく知られていますが、その前哨戦である岐阜城攻めでは、細川隊の先鋒として奮闘。

その後、徳川家第二代将軍秀忠から関ヶ原での勇猛果敢さを認められ、下野国芳賀郡茂木に1万54石を与えられます😊

このような経緯から茂木の地にやってきた細川興元は、茂木藩の初代藩主となり、没後は大光霊神として、かつてこの地にあった大光神社の主祭神として祀られました。

その後大光神社は、歴代茂木藩主の祈願社であった八雲神社に合併遷座され、現在はその八雲神社の配神として祀られています。

境内紹介

能持院の境内をご紹介します。

塩田山能持院の文字が書かれた石柱のそばから続く参道をまっすぐに進むと、まずはじめに見えてくるのがこちらの山門

↓能持院山門↓

能持院総門として県の文化財に指定されており、茂木氏11代知持の建立と伝えられています。

この能持院は、文明年間の1471年に、神奈川県小田原海蔵寺の僧、模堂永範大和尚により中興開山されており、こちらの総門も、その文明年間につくられたものだそうです。

切妻造、茅葺屋根で、梁上には火災が起きないよう名匠左甚五郎がつけたとされる、能持院七不思議の一つ火ぶせの斧跡があるといいます。

柱をつなぐ横木の彫刻や、屋根を支える枡組などが、ほぼ同時期につくられた益子町の西明寺の楼門とよく似ていることから、室町時代の特徴をよく表している貴重な遺例です。

↓西明寺楼門↓

この総門をくぐると、正面に本堂があり、右手に書院があります。

↓正面:本堂|右手:書院↓

ここ能持院は、過去に二度火災に遭い伽藍を焼失。しかしながら、先ほどの総門だけはその火災を免れることができたそうです。

現在の本堂は1844年に建てられたもので、近くからみるとかなり大きく立派で、荘厳な雰囲気が感じられました。

そんな立派な本堂を護る狛犬は、ちょこんとしていて、可愛らしさも感じられます😊

境内の左側へと進んで行くと、前述した細川家の墓所があります。

↓茂木藩主細川家の墓所↓

ここ細川家の墓所は通常の墓とは異なり、墓石を設けずに、墓標として1霊ごとに1本の杉を植え、没年月日を陰刻した石燈籠を設けています。

↓初代細川興元の石燈籠↓

樹齢数百年とみられる杉の大木が何本も建っており、とても神聖な空気を感じられる場所でした。

最後になりますが、能持院は目の前には広い田んぼが広がり、後ろは山に囲まれていて、とても清々しい空気を感じられる場所です。

茂木町へお出かけされる際には、是非こちらの能持院をご覧になってみてください😊

最後まで読んで頂きありがとうございました。

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