栃木県芳賀郡市貝町
『村上城跡|五社神社』
村上城跡は、梅の花が綺麗な栃木県市貝町の観音山にあったと伝わる山城です。
城の敷地内には、弘和年間(1381-1384)に祭られたという五社神社もあります😊
こちらのブログでは、村上城跡の歴史や御城印についてご紹介させて頂きます。
[aside type=”boader”]【基本情報】
住所 | 栃木県芳賀郡市貝町市塙 |
アクセス | マップを開く |
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村上城跡
村上城の大手口
村上城跡は、栃木県市貝町にある高さ172.2mの観音山に築かれた山城・村上城の城跡で、栃木県の史跡に指定されています。
古文書によると、1178年に平宗清が守る山城が落ちたとの記録があることなどから、もともとの築城年代は平安時代(794-1185)の末頃と考えられているそうです。
その後1378年に、益子正宗の次男・村上新助良藤によって、城が現在の遺構のように整備されると、良藤、則光、光義と3代50年にわたりここを居城として過ごします。
現在の遺構からは、東西約200m・南北約250mの規模のお城であることが分かり
観音山山頂の本丸は、東西約40m・南北約85mという三角形になっています。
なお、写真に写っている鳥居は、村上新助良藤が城を整備して間もない弘和年間(1381-1384)に、城内の一隅に小祠を設けて祀ったのが起源と伝わる五社神社のものです。
こちらの鳥居のある場所が大手口(城の表口)で、空堀に整備された階段を上っていくと、その随所に城跡としての遺構が見られます。
五社神社(五社権現)
村上城跡の空堀
先程の鳥居のあった場所から少し歩いて、更に本丸へと続く階段を上ると、その先に五社神社(五社権現)があります。
五社神社・五社権現という名称の通り、こちらには大物主命・伊弉諾命・倉稲魂神・木之花咲耶姫命・城山稲荷神の五柱の神様が祭られており、社殿には扉も五つあります。
元は城山稲荷神を除く四柱の神様を祭るお社だったそうですが、慶応年間(1865-1868年)に稲荷神社が合祀されて五社権現となり、明治維新の後に五社神社と称するようになったそうです。
ここにお城があった頃は、毎年旧9月28日には、村上地区・駒込地区の住人が参拝して盛大に祭礼が営まれ、千本地区、文谷地区の近郷から参拝に来る方も多かったという歴史ある神社です😊
城主が越後に転封となった後は、村上・駒込地区両方の守護神として崇敬され現在に至ります。
城山神社(城山権現)
そしてこの五社神社を通り過ぎると、いよいよ村上城跡の本丸があった広場に到着し、こちらにも沢山の梅の木が植えられています。
本丸跡の北側にはまた鳥居があり、こちらは五社神社の境内社で、城山権現が祭られています。
なお、こちらが観音山のちょうど頂上付近となっていて、前述の通り高さは172.2mです😊
まだ新しく見える石宮の背面には、平成十一年の日付と、村上地区・駒込地区自治会による建立であることが記されていました。
ここで改めて本丸跡を見てみると、このように沢山の梅の木が植えられていました。
花が咲き終われば、それぞれの木に本当に沢山の梅の実が実るのでしょうね😊
私の母の実家にも梅の木が一本ありますが、その一本だけで多い時には数百個なるので、梅が実る時期の様子も見てみたいです。
御城印
先程ご紹介した五社神社の御朱印はないようですが、過去には春の梅まつりの期間中だけ、村上城の御城印をいただくことができました😊
市貝町の観音山梅まつりで村上城の御城印入手。 pic.twitter.com/iGCehwihhE
— はぐれ山伏 (@hagureyamabushi) March 15, 2021
また春になりましたら、梅まつりの詳細から御城印の情報をご確認してみてください。
最後に
観音山の梅の花
こちらでは、市貝町の村上城跡の詳細や御城印、そして五社神社をご紹介しました。
地域に大切にされている神社は、県内各地域に沢山あると思いますが、その歴史を辿ってみるのは本当に面白いです😊
春には梅の花が一面に咲く観音山は、本当に綺麗な場所ですので、気になる方は是非その季節に足を運んでみてください。
最後まで読んで頂きありがとうございました。