報徳二宮神社|日光市今市|御朱印|二宮尊徳翁のお墓がある神社

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栃木県日光市

報徳二宮神社

生前は学問に勤しみ、薪を背負いながら読書をする様子を模した像の姿でも有名な二宮尊徳翁をお祀りしている神社です😊

神社は道の駅ニコニコ本陣からすぐの場所にありますので、日光市へお出かけされる際には是非参拝してみてください。

こちらのブログでは、報徳二宮神社さんの境内の様子などをご紹介させて頂きます。

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【基本情報】

住所 栃木県日光市今市743
電話番号 0288-21-0138
駐車場
アクセス マップを開く
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目次

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報徳二宮神社の歴史

二宮尊徳(二宮金次郎)翁は、1787年に神奈川県小田原で生まれ、1856年に栃木県今市で70年の生涯に幕を閉じられました。

その後明治時代の1898年に、終焉の地である現・日光市の今市に創建されたのが、二宮尊徳翁を祀る報徳二宮神社です。

境内には二宮尊徳翁の像が設置されている他、二宮尊徳翁が埋葬されたお墓もあり、そちらは栃木県文化財に指定されています。

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二宮尊徳(二宮金次郎)翁

二宮尊徳・二宮金次郎と言えば、その銅像を見たことはいないといえるほど有名な日本の偉人。

その勤勉さから、今では学問の神様として親しまれ、薪を背負いながら読書をする姿を模した像が多くの小学校などに設置されていますよね😊

二宮尊徳翁は、比較的裕福な農民の子に生まれたものの、川の氾濫によって田畑を失い、14歳で母を、16歳で父も亡くしてしまいました。

そして叔父の家へと預けられ、時には百姓に勉強は必要ないと叱られながらも、仕事をしながら本を読む姿をモデルに像が作られたそうです。

二宮尊徳翁はその後叔父の家から独立し、没落した実家の再興に取り掛かると、24歳の時には以前のような裕福な家に再興することに成功します。

その後、その手腕を聞きつけた小田原藩士服部家に財政の建て直しを頼まれ成功し、小田原藩分家の桜町領(真岡市二宮町周辺)の再興にも成功。

この桜町領再興の際に、武士の位と二宮尊徳の名を授けられ、その生涯においておよそ600もの村々の立て直しに成功したといわれています。

農民の子として産まれ、不幸な境遇の中で汗と泥にまみれながら勉学に励み、一生を世の中のために捧げ多くの人々を救った凄い方なんですね。

報徳思想・報徳仕法

二宮尊徳翁は生前

至誠:真心・生き方の中心となるもの
勤労:徳に報いるために働くこと
分度:身分相応の生活を送ること
推譲:余ったお金を家族や他人に譲ること

という、至誠を基本とし、勤労、分度、推譲を実行する報徳思想・報徳仕法を広めました。

ここで推譲は単純に贈与ではなく、至誠、勤労、分度の結果として残ったものを譲って初めて推譲になるというのが重要だそうです。

人それぞれの生産力に応じた分度を定め、勤倹を説いた実践主義の報徳思想の影響は大きく、二宮尊徳翁は多くの方に慕われました。

二宮尊徳翁亡き後、高弟であり尊徳翁の片腕として報徳仕法を支えた富田高慶氏が、尊徳翁の徳行や言論を記録した報徳記をまとめ

のちにこれを読まれた明治天皇が、宮内省に印刷を指示し、県知事などへ配布したことによって、二宮尊徳翁の名前と業績が広く世に知られるようになったそうです。

報徳二宮神社の報徳の文字は、この報徳思想・報徳仕法に由来しているのですね😊

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御朱印

報徳二宮神社さんの御朱印です😊

報徳二宮神社さんには季節の特別御朱印があり、可愛らしいデザインで人気があります。

なお、現在の特別御朱印については、神社の公式twitterや公式ブログからご確認頂けます😊

ご利益

二宮尊徳翁は、生前のご活躍・ご功績から学問や経営の神様として信仰されており

お参りすると、合格・学業成就や、財福・商売繁盛のご利益があるとされています。

境内紹介

報徳二宮神社さんは、道の駅ニコニコ本陣から徒歩二分ほどの場所にあります。

道の駅の前を通る大通りに、神社へと真っすぐに続く参道入り口がありました😊

こちらを歩いていくと、間もなくして大きな石の鳥居が見えてきます。

先へ進むと大きな木像が二体並んでおり、こちらは杉の巨木から作られた尊徳来福像だそうです。

このうち坐像の頭上後ろが願い受けになっており、そちらへ硬貨を投げ入れ願い事をすると良いご利益があるそうですよ😊

重厚感があり、とても緻密なデザインとなっているこちらの木像は、日本チェーンソーアート日本一の方が制作されたものだそうで

制作に使用された木は、樹齢200年を超えの背丈が40メートルもあったものだそうで、像一体の重さは二トンを超えるそうです。

そして、手水船へと足を進めると、張られた水に浮かぶ色鮮やかな花を見つけてほっこり😊

(2020年9月撮影)

そのすぐそばにある神社の社殿にて、お参りをさせて頂きました。

境内には二宮尊徳先生の像もあり、社殿の横から更に奥へ進んでいくと、実際に二宮尊徳翁が眠られているがあります。

またその近くには、重要な遺品を収蔵した宝物館もありますので、気になる方は社務所へお申し出の上ご覧になってみてください。

ちなみに、こちらの報徳二宮神社さんが鎮座されている日光市今市は、二宮尊徳翁の終焉の地として知られていますが

二宮尊徳翁の生誕の地として知られる神奈川県小田原市の方にも、1894年に創建された報徳二宮神社があるそうです😊

二宮尊徳翁縁の地を巡られます際には、是非そちらにも足を運んでみてはいかがでしょうか。

最後まで読んで頂きありがとうございました。

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